シュタイフテディベアは時を越えて、その愛情と共に母から子へ、子から孫へと受け継がれています。
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           シュタイフ について      シュタイフのロゴ

世界で始めてぬいぐるみを作ったメーカー‥‥
シュタイフテディベアは今も変わることなく一つひとつ、手作りされています。
(子供にこそ最良のものを‥‥)
シュタイフ社の創始者マルガレーテ・シュタイフは、1847年7月24日ドイツ小さな町「ギンゲン」で生まれました。
幼い頃の病気が原因で、右手と両足にハンディキャップを背負いましたが、家族の愛情と持ち前の才能と努力で洋裁学校を終えたマルガレーテは、1877年に「フェルト・メールオーダー・カンパニー」を設立しました。
テディベアを世に送り出し、後にワールド・ワイドの規模のぬいぐるみメーカーへと発展を遂げる「シュタイフ」は、ここにその第一歩を踏み出すことになったのです。

この「フェルト・メールオーダー・カンパニー」では、彼女のヒット作「ゾウの針刺し」をはじめ、実に多くの動物のぬいぐるみ達が産声を上げました。
やがて、1885年マルガレーテ38歳の頃には、ぬいぐるみの総生産量は5,000体を超えるまでになりました。
1893年におもちゃ部門を独立させて「フェルト・トイ・カンパニー」を設立。
名実ともに世界のシュタイフへと歩みだすことになりました。

1902年には、マルガレーテの甥、リヒャルト・シュタイフが、世界で始めて頭・手足可動(フルジョイント)のベアのぬいぐるみ(PB55)を考案。
翌03年のライプチヒで開催された見本市に出品しましたが、評価はあまり芳しいものではありませんでした。
しかし、この
PB55がアメリカのバイヤーの目に止まり3,000体の発注を受けたのです。
ドイツで生まれたぬいぐるみがアメリカに渡り、やがて新天地で大きく羽ばたき始めたのです。

シュタイフのぬいぐるみが世間の注目を集めるようになると、シュタイフのぬいぐるみの類似品が数多く出回るようになりました。
常に「最高の品質を」を企業精神とするシュタイフは、その対応は苦慮しました。
しかし、この問題もマルガレーテの甥フランツ・シュタイフ(リヒャルト・シュタイフの弟)のアイディアで解決を見ました。
即ち、これが「ボタン・イン・イヤー」なのです。

やがて、1907年には「ベア年」とも呼ばれる程の世界的テディベアブームになり、その総生産数は97万体余りに達しました。
こうしたシュタイフ社の飛躍の中1909年5月9日、マルガレーテ・シュタイフは一族に見守られながら61年の生涯を終えたのです。

マルガレーテが世に送り出したテディベアたちは、彼女の分身であったかも知れません。
マルガレーテ・シュタイフのポリシー「子供にこそ最良のものを」
この精神は、100年の時を経た今も何ら変わることなくシュタイフの後継者たちによって大切に受け継がれています。

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